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ミシマ社
グループ:Book
ランキング:14538
価格:¥ 1,680
発売日:2008-11-15
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「街場」という究極の現場主義
(2010-03-01)
日に一万人以上が閲覧するというお化けブログ「内田樹の研究室」を運営
する著者。かのブログでは常日頃、国家でも武道でも映画でもなんでもお
気楽に論じている著者であるが、「教育行政」や「教育ビジネス」を叱責す
るときの筆致は、いつになく厳しくなる。肩書きは大学教授で、当たり前と
言えば当たり前だが、この人の何が何でも譲れない思想は、おそらく「教
育」の分野にこそあるのだろうと思う。本書はそんな著者書き下ろしによる、
待望の教育論集だ。
バラエティーに富む11の章で構成される本書だが、その中で著者がもっとも
声を大、ならぬスピーカーまで引っぱり出してきて叫びたいのだろうその主張
は、「(現場の人以外は)教育をほっといてくれ!!」というもの。ここらへんは著
者のバックボーンにあるフランス現代思想のエッセンスが色濃く反映されてい
るが、彼に言わせれば外野(たとえ親だろうとこの場合は外野だ)がどんなに
手をこまねこうが、実際に教壇に立つ教師が精一杯頑張らねば立ち上がらな
いのが、 教育というものの構造的本質なのだ。詳しくはぜひ、本を手にとって
もらいたい。
ただ予め言っておくと、実体的なテクニックを求めてこの本を手に取った人は、
おそらく失望とともに本を置くことになるだろう。なぜならこの本で内田が唯一
教育について実践的なアドバイスらしきものとして語るのは、先に書いたとお
り「現場の人、自分のできることを精一杯やろう!」だけなのだ。しかし、マニュ
アルのような定量的なものとして与えられないものこそが教育であるというの
がこの本の主張であるし、また「あとがき」にはこうある。
「現に教壇に立っている先生たちができるだけ元気でいられて、いろいろ創
意工夫する意欲が沸いてきて、仕事があまりうまくいかないときもそんなに
落ち込まないでいられるような、そんな気分になれる本を書こうと思いました」。
僕はここにある文句を単なる売り口上とは思えない。というのは僕自身、自
分は教師でもないくせに(弟は教員になる予定)この本から、ものを考えるこ
とについての意欲を、多分に受け取ったからだ。内田樹の本はいつも、自分
でもものを考えたり書いたりしてみたくなる、そういう知性を触発する(挑発す
る?)何かが配合されている。この本も、その一冊であることに間違いはない。
故障した自動車に乗ったまま、故障を修理する
(2010-01-05)
教育制度を改革するというのは、「故障した自動車に乗ったまま、故障を修理する」というアクロバシーを意味します。(本書15頁)
至言である。
教育のような基礎的な行政サービスは、一日とて停止することが許されない。それをやったポルポトとか毛沢東は、国民に膨大無惨な損失を強いた。修繕は必要だが、その修繕のために制度を停止することができないのが、教育(ことに基礎的な教育)である。
実はこのことは基幹的な行政サービスすべてに当てはまる。社保庁は「解体」できても年金の給付に係る業務は一日だって停止できない。仕事を続けながら、制度組織のかなり抜本的なところを「大規模改造」しないといけないのが、今日の日本政府全般の状況である。
この状況は、自動車というよりも巨大タンカーに喩えられると思われる。自動車を運転しながらエンジンを修理することほど危険でアクロバティックではないものの、巨大タンカーを運航させつつエンジンの換装をすることに等しい。自動車で道を運転するよりは危なくないが、それでも海が荒れていたら沈没しかねない。練達の船長でも「びびって」当然のアクロバシーである。
本当に、著者の透徹した洞察は素晴らしい。
「まえがき」のシメが、「たまたま書店でこの本を手にとってしまったら、できたら頁をめくらずにそのまま書棚にお戻しください。ほんとうに、ぜひ。」という、いささかひねくれたユーモアも含めて、大いに楽しませていただいた。良書です。
教育に興味を持ったら読んで損はない1冊
(2009-10-12)
大学講義をもとにして本になっているために
11講義の毎講義が別のテーマやトピックに移っているのが
非常に読みやすい。
一方で、教育改革への警鐘や提唱が単に謳われているにすぎない
反面を持つのが少々残念である。
もっと突っ込んで著者の具体的意見を聞きたくなるジレンマに陥るためだ。
一つ一つを充分に議論し吟味しながら読みたい人には
物足りなさを感じる1冊であろう。
しかし、教育論や教育改革に漠然と興味を持つ人にとっては
この講義形式は、とっつきやすく、毎回テーマが変わるのも
新鮮かつ飽きることなく読み進めることができる。
教育に興味をもったときに、読む本の1冊に入れることを
お勧めする。
いまどきの俗流教育論の見本です。
(2009-09-25)
読後感が非常に悪い一冊です。
内容は陳腐・凡庸で、女子大の語学教師の愚痴が、だらだらと述べられているだけです。
これは間違っても、教育論なんかではありません。
内田氏は異様に語彙が豊かな人ですから、これらを微妙に摺り代えているだけです。
疑問を感じるのですが、内田氏に教育論・子供の学力論を語る資格は、あるのでしょうか?
内田氏の学歴は、大学院博士課程中退。(学士は別にして)学位をお持ちではありません。ただの四大卒ですよね。
こういうことを書くと、必ず文系の人から、「理科系と違って、文系学位は取るのが難しい」という馬鹿げた反論を受けるのですが、
これは大抵の場合、嘘です。
ちゃらんぽらんな学部のノリで院に入るから、十中、八・九は落ちこぼれてゆく。それだけのことですよ。
まじめにきちんと勉強した人、学問・学術に対して誠実で真摯な人は、きちんと学位を取得しています。
どうせ内田氏の場合、アルバイトと学生運動に明け暮れて、学業を放棄していたんでしょう。
いや、間違いなく、いま猶、彼は学術と思想を舐め切っています。ふざけています。
(構造主義を、寝ながら学べる、と言う人ですからね・・・。やれやれ・・・・。)
繰り返します。
落ちこぼれの、不真面目な学位未取得者に、教育論・学力論を語る資格はあるのでしょうか?
医学博士にして司法試験合格者(現行ではなく、旧制です)である私は、素朴に疑問を感じました。
主に教師向けかも
(2009-06-02)
前半部分はなるほどと感心するものもある。たとえば、教育制度改革とそれがもたらす効果は、何十年という単位で見なければならない。危機だ危機だと煽ってみても、それはいつの制度の問題か、変更してもその効果が明確にわかるにはどういう問題があるのかは誰も予想もつかないし、ましてや責任も取らないし取りようがない。ごもっとも。
中ぐらいから、教師は大昔からエリートがなるものではなく、昔で言うと帝大に入れなかった者が師範学校に入っていた傾向があるのだから、そんなに気追う必要もないという。ダメ教師でいいじゃないか。これは、まじめすぎる教師向けに書かれたものだと思う。
ただ、後半に行くとほどややオチ気味。責任問題やらなんやら、ほったらかしでもいいとも読めるような箇所がゴロゴロしてくる。前半部分だけだったら、結構おもしろかったのに。

