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文藝春秋
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正岡子規の、《業績》。
(2010-02-11)
《司馬遼太郎》氏の名作『坂の上の雲』の第3巻です。日清戦争も終わり、正岡子規も臨終の時を迎え、いよいよ、日露戦争がやって来ます。個人的に感慨深かったのは、《正岡子規》の死です。当時、過去の遺物でしかなかった《俳句》や《短歌》を、《生きた文学》として復興させた業績は大きいですし、私の作品(短歌)も、子規の仕事がなければ成り立たなかったことを思うと、感慨深いです。個人的には、子規の言う《写生主義》には反対なのですが、それでも《俳句》や《短歌》を復興させた業績は大きいです。物語は、子規の死とともに、いよいよ《日露戦争》へと向かって行きます。今後の展開が非常に楽しみです。
(追記:ちなみに、私の作歌上の主義は、《創造主義》である。【短歌という型式を用いて、全く新しい《ヴィジョン》を創造する。そして、そのヴィジョンの中に、新しい時代を勝ち残るための《哲学》を盛り込む】。これが私の言う、《創造主義》である。この作歌法に関しては、私の愛読する《SF》や《ファンタジー》の影響を、多分に受けている。はなはだ僭越かも知れないが、21世紀という時代にふさわしい、《21世紀の短歌》を創造することが、私の目標である)。
(追記2:実は、短歌評論『創造主義短歌宣言』を書くことも、考えている。でも、仕事があるから、時間がないなあ)。
騎士道and武士道
(2009-12-28)
全8巻からなる、日露戦争を中心に描いた歴史小説の3巻目。
う〜ん、3巻目にして正岡子規が亡くなってしまった。(T.T)
彼って、この小説の主役級の人物じゃなかったの?
おまけに作者自身、「この小説をどう書こうかかということを、まだ悩んでいる」と。
随分、正直に心情を語るなぁ〜と思ってしまいました。(笑)
まあ、正直ちょっと戸惑いを覚えたのですが、これでとうとう日露戦争が勃発。
怒涛の展開で、感傷に浸る暇もありません。
国を隔てて育まれた友情や愛も、この戦争でバラバラになります。
映画のコピーだと「互いに殺しあう運命」とでもなるんでしょうか……。
でも、そこには悲惨でドロドロとしたものが感じられません。
日露戦争は、騎士道や武士道が残っていた時代です。
お互い殺し合いをしても、友情は永遠不滅。
敵に対するリスペクトが根底にあるので、
何とも言えない清々しさがあります。
戦争とは、、、
(2009-12-26)
日清戦争から日露戦争 戦艦三笠とはといろいろな事がこの巻あたりから
見えてきた。
しかし、やはり戦争は哀しい、惨い、理不尽である。
戦後生まれの私としては祖父などから聞いた事がここにでてきたことに驚く。
何故人は人を国は国を取り合うのか、なんだか少しづつ分かってきた感がある。
敗戦色濃い日本が何故海軍に命運をあずけたのだろうか、この文庫本は
いろいろと教えてくれた。第二次世界大戦という大きな犠牲者のでた
戦争も読んでいると人々の日常と軍部の日々とが重なって苦しくなる。
軍というものがどうやって戦争を引き起こすか今後の巻にも期待している。
ぜひ「坂之上の雲」皆様に読んで頂きたい。
体裁は淡いイラストです。
推薦いたします。
正岡子規と秋山兄弟
(2009-10-03)
日本が明治維新により、ヨーロッパにおける歴史観にいう「近代(Modern)」を迎え、新しい主権国家体制がスタートした明治時代を背景としているのが「坂の上の雲」。江戸時代以前は現在における「国家」とは何かの概念に相当するような「国」ではなかったのが日本であり、イタリヤと同じような(都市国家の乱立)諸大名ごとに領国が分かれていた時代が続いていた。
歴史書には時代の出来事とその意味が述べられているに過ぎないものが多いが、司馬遼太郎さんにより、実在の人物を主人公として、例えば正岡子規により、俳句が言葉を凝縮させた文学として江戸時代の作者による恣意的な側面をもつものから、より体系的(若干の疑問もあるが)なともいえる規則性を持つに至るきっかけとなって(完成度を高めていったのは高浜虚子)いったことなど、病身の子規のことに多くのページを割かれているのが「坂の上の雲」の(1)(2)(3)。
明治時代の初期から中頃にかけて国防という観点からの国力が殆んどゼロに等しい日本が、清国という東アジヤ地域における老大国の衰亡、ロシヤという大国の「南下の願望」を実現するための侵略とそれに便乗しようとするヨーロッパ諸国の植民地政策などを時代背景として秋山兄弟が愛媛県松山を出て、兄は陸軍、弟は海軍の軍人となる経過が、兄弟の人間性を具体的に描きつつ話が展開されて行く。
兄は明治の日本陸軍が黎明期に騎兵集団を持つに至る中心的役割を果たす人となって行き、弟は日本海軍の実戦における戦術を体系的に確立した唯一の人となっていくという、二人の職業軍人としての成長の過程が描かれていく。但し、二人の活躍は立場的にも戦略次元のものではない。
面白いのは、二人を通じて明治維新を主導した薩摩、長州の軽輩が明治初期の陸・海軍の幹部となり、ロシヤやヨーロッパ諸国の侵略を前にして意識の切り替えができない人々が消えて行かざるを得なかったことなど、歴史の表面には出てこない人間模様が描かれている。
司馬さんの書かれた物としては、文体や表現が「竜馬がゆく」などの場合とは、かなり違っていて「街道をゆく」の各巻と共通するものになっているように感じられる。つまり、小説の筋書きを追っていくことよりも、その節々における司馬史観とも言える主観的記述が圧倒的に多くなっているということを感じる。
このことが、時代の歴史の細部を捉えるものとして興味深いものになっていると感じる人も多いのではないだろうか。司馬さんの作品が他の作家と大きく違う点であり、文化勲章を受賞されたのは私見として当然と感じる。
「謙虚」さの大切さと 第三巻
(2009-08-14)
第三巻で特に印象的なのは、日露戦争に対するロシアの姿勢。
この巻を読んでいると、この時代とにかく列強の日本に対する評価は低かったことがわかる。
特にロシアは、「日本がロシアに対して戦争を起こすはずがない、なぜならば負けるとわかりきっているからだ」など、日本を「敵」としてもみていない。
しかし、結果がわかっている今だからいえることだが、ロシアは「傲慢」だったということが分かる。
ここから今に生きる私たちが学ばなければいけないことは、「謙虚に生きなければいけない」ということだ。
「余裕は大事だけど、余裕も過ぎると「油断」になってしまう」「常に危機感を持って考え、行動することが大事」という教訓をここでは与えている。
しかし日露戦争についてはあまり詳しくなかったので、「日露戦争はたぶん五巻くらいからだろう」と思っていたのに三巻にしてもう始まってしまった。
今後どのように進んでいくのかみていきたい。

