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機動戦士ガンダム THE ORIGIN (17) ララァ編・前 (角川コミックス・エース 80-20) - 和書 - ペットのセレクト通販

アイテム詳細

矢立 肇
富野 由悠季

角川グループパブリッシング

グループ:Book

ランキング:-

価格:¥ 588

発売日:2008-06-26

在庫あり。

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http://pet-select-shop.com/asin/Books/4047150754/

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カスタマーレビュー

ララァ・スンとの運命的な出会い  (2009-08-09)
第17巻はサブタイトルを「ララァ編・前」とし、前巻までの地球から舞台を再び宇宙に移す。中立コロニー・サイド6における、主人公アムロ・レイとニュータイプの少女ララァ・スンとの運命的な出会いが山場である。
また、アムロと好敵手のシャア・アズナブルも戦場でのモビルスーツ戦ではなく、生身で会うことになる。他にもミライ・ヤシマと許婚のカムラン・ブルーム、アムロと父親のテム・レイが再会するように、出会いのシーンが盛りだくさんである。
衝撃的な出会いでの登場人物の心情の動きは映像作品では一瞬であるが、紙媒体では丁寧に描くことができる。本作品も実に丁寧に描かれている。思いもよらない相手、すっかり変わってしまった相手との出会いによるギクシャク感が上手に表現されている。

めぐりあい宇宙 ムービー本の焼き直し  (2008-09-24)
今回はガックリ。松竹劇場版めぐりあい宇宙のムービー本(マンガのコマ割りにした本)とまったく同じ内容。コンテレベルで同じなので、安彦氏はムービー本を見ながら書いたに間違いない。

絵も力なく、今後の連載に陰を落とすことになりかねない。

おぢさんに愛の手を!!!  (2008-07-24)
コンスコン少将かっこ悪すぎ!
あんな無能な司令官があるかね。

私の愛するドレンも見せ場なくやられてしまった。

アムロのお父さんも悲惨なことになっているし・・・。

安彦先生、おぢさんたちに愛の手を!!!

あとはスレッガーさんに期待かなあ・・・。

原作通り  (2008-07-18)
いい意味でも悪い意味でも原作通りです…が最近の話しから気になっているんですがオリジンらしい雰囲気が無くなってきていると思います
MSや人の動き、演出、何よりMSデザインが原作に戻ってしまったのが残念です…ザクのあのかっこよさは凄かったのに…(まぁこの巻では頭しか出ませんが)

あとこの巻で驚いたのはスレッガーとセイラさんが原作通りコア・ブースターに乗っていた事ですね
シャア・セイラ編でMSの能力を嫌って程出したのに何故ここにきて戦闘機?
ソロモンでの演出があるんでしょうがGMでの活躍も見たかったです…

地球生まれのララァ。レビル将軍の素養  (2008-07-10)
安彦さんによればララァという娘は、なかなか好きになれないキャラクターだというインタビューをかなり昔から言われていました。富野色の濃いキャラゆえなのでしょうか?ダイターンのコロスやイデオンのカララなんかと同じ富野産の女性だからでしょうか?

一方アムロには好感を感じていて母と別れ、父と再会し、ミライには「かわいそうな子」と言われるアムロですが、安彦まんがに登場する少年像にもれず、ナイーブで反骨、本性は優しい子というアムロ。そんなララァとアムロですがオリジン最終章の中では、「戦い」の中で「互い」を「解ってしまった」間がらとして描かれるのだと思います。だから、ニュータイプなんて概念はめんどくさい・・、と笑ってコメントされていたことがありました。

 安彦さんの中では、アムロなりララァに血肉の感じる描き方を予定しているように思うのです。ニュータイプの定義とされる、「宇宙に出てからの認識力の拡大」という話。みなさんお気づきでしょうがララァは「地球育ち」です。14巻でその素養を見出したのはシャアですが地球生まれの彼女には宇宙に出る前から「その才能」を持ちえていたわけです。これは「宇宙で拡大した人の意識が拡大した」というニュータイプの定義に一石を投じるものかも知れません。人の種として革新は宇宙にでる以前より始まっていたと、そんな風に捉えるとレビル将軍にも、その素養が見て取れるところにも面白さを感じますね。

安彦良和という作家は泥臭い作家です。古事記ではナムジが牢屋の中で幽閉され子供に帰っていくように、またかつての作品群の中でも心のうちの描写は、悲劇を体言してきた者達だからこそ「やさしさに打ち震える」ことが多く描かれています。終章に向けて安彦氏が好きな母性を描く象徴としてララァを描きたい。今巻のララァやアムロの姿を見ていると、そんな予定があるように思われるのですが。

 だからこそ、だからこそ、二人の男が戦う理由がそこにあるように思えるのです。とても泥臭い訳を丹念に描きたいと思っているのではないでしょうか。シャアとアムロにとって縁(よすが)、ララァとは二人の男の間で揺れる女であり、厄介なひとに違いありません。もし、シャアの剣でアムロが血みどろに風に舞うようになっていたら、やはりララァはガンダムの盾になったのでしょうか? せん無いことですが、たぶんアムロの盾にはならないんじゃないか、そんな風に思っちゃうなぁ。


次巻収録となりますがシャリア・ブル戦がオリジナルとして展開しています。このオリジンのシリーズは一番世間に認知されている映画版が底本としながらも、増補、改定を加えながら展開しています。長くシャア・セイラの流浪篇などオリジナルの展開が続くものですので、カメラがホワイトベースに戻ってから続く新展開こそ、安彦氏がテレビシリーズで病気で倒れた後のクールを描く展開となります。

一見、テレビをトレースしているようですが、みなさんの洞察力で見落としているところはないでしょうか ?

ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和

 

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